生得権とレガシー

Message from ラッセル・エルワンガー — タワージャズ最高経営責任者& TPSCo会長

人は誕生すると皆、生きる、すなわち呼吸し、他者と交流し、考え、学び、そして行動する機会を有しており、自身を駆り立てる内なるものを持って、与えられた生でそれを全うしようと本能的に惹かれていきます。こうした天与の生得権はすべての人に平等に与えられています。

 

しかし、私たちは誕生したその時から、それぞれが異なる環境に置かれます。家族、ジェンダー、人種や国、社会や宗教を選んで生まれてきたわけではありませんが、期待、信念、チャンス、また権利や特権はこれらの要素によって大きく左右されます。

国や社会は、ジェンダー、人種、宗教、経済力にかかわらず、すべての人に教育および雇用の機会を平等に与え、天与の生得権に加えて、国家の生得権を与えます。教育や雇用の機会がなければ、天与の生得権さえ十分に生かされることもないかもしれません。

家族からの生得権は、両親から受け継いだものを基軸に形成されます。

家族からの生得権が最適な形となるのは、子どもが以下のような環境で育つことです。

  • あらゆる面において愛情と尊敬にあふれる夫婦関係を目にし、同様にその愛情と尊敬が子どもにも向けられる。このようにして、子どもは家庭でも他人に対しても、愛情を伝え、敬意を払うことが難なく行え、体得することができる。
  • 互いに刺激し合い、より高い展望を持って能力や自己研鑽を追求している夫婦からの影響力を実感する。
  • 身近な家族以外の個人や地域社会に影響を与え、他者への思いやりや責任感という意識を浸透させる、誠実な奉仕活動に囲まれて過ごす。
  • 技術、政治、ビジネスにおけるリーダーたちと頻繁に深い交流を持つよう促され、その機会が与えられる。このような経験は、学問、インターンシップ、キャリアを追求していく上で強みとなる。
  • 宗教、哲学、道徳について価値に基づいた議論を習慣的に行う。そうすることで、自身よりも大きな概念を通じて思考し、個人の信念や価値観の体系を形成する。
  • 家庭外での有意義な奉仕活動を大いに可能にさせる、経済的自由からの恩恵を体験する。そうすることで、経済的な自立を可能にする献身、努力、信条が価値あるものだと確信することができる。

親はレガシーを残すことができますが、人格は子どもの責任です。

ジョン・F・ケネディ元大統領は、1900年代半ば全米でも上位10位に入るほど極めて裕福な家庭に生まれました。ケネディ氏は、健康上の理由から軍に入隊できず、徴兵猶予となりました。しかし、ケネディ氏は父親の経済力と影響力を利用して入隊し、その後、厳しい戦闘配置である哨戒魚雷艇の艇長に志願しました。艇長であった時、心身ともに卓越した勇敢さ、自分の部下に対し揺らぐことのない誠実さを示しました。

その後執筆した『勇気ある人々』でピューリツァー賞を受賞、下院議員、上院議員を経て、米国大統領に就任しました。戦争の不毛さを目の当たりにしていたため、平和実現のために着実に動き、統合参謀本部の幹部や大統領顧問からの進言に反対し、核戦争を回避しました。抵抗姿勢を示す必要がある時は、ケネディ氏は信頼され、公民権法の制定を主張しました。さらに平和部隊(Peace Corp)を創設し、米国が奉仕活動をする機会を築きました。これは当時の米国にとって画期的な考えでした。

ケネディ氏は、「金持ちの子ども」がただ自堕落な人生を送ることより、自分の生得権を利用し、公益のために一生涯をかけて活動することに邁進し、自らの人生をもってレガシーを確固たるものにしました。

レガシーを残さなければ、報いもありません。

私は、自力で大成した起業家であり実業家であるイスラエルのステフ・ウェルトハイマー氏について知り、同氏から学ぶことで刺激を受け、そのことを誇りに思っています。ウェルトハイマー氏は、独自の価値観を生み出す事業を起こし、その後この成功を利用し、イスラエルに職業訓練制度をもたらし、さらに多様な地域に工業団地を築くことに取り組みました。それによって、さまざまな人々、時に対立関係にある文化の人々が共に明瞭な市場価格で製品を生み出すために協力し合うことで、平和に暮らすようになりました。

経済的な偉業を成し遂げ、大いなる名声を得ても、ウェルトハイマー氏の人生に対する謙虚な姿勢は決して変わることはありませんでした。今や90歳を迎え、起業しやすいビジネス環境の構築を促進し、個人が価値を創造することを学べる機会の提供に引き続き尽力しています。私は、ウェルトハイマー氏が内向きの発言や行動をしているのを一度も目にしたことがありません。

タワージャズは、日本においてパナソニックの創業者である松下幸之助氏のレガシーを受け継ぐ当社工場があることを、光栄に思っています。松下氏は裕福な家庭に生まれましたが、父親が米相場の失敗で破産したためすべてを失い、一家は窮地に陥りました。松下氏は9歳で小学校を中退し、大阪へ丁稚奉公に出されることになりました。自転車屋で5年間働きながら、金属加工について学び、その後、電気会社に入社しました。創業時は慎ましかったものの、最終的に世界屈指のエレクトロニクス企業となる会社を築き上げ、その強固な社会基盤により、日本の戦後復興に大きな役割を果たしました。松下氏は、自身の哲学とパナソニックの使命に沿った生き方を実践し、偉大なレガシーを残しました。戦後、創設したPHP研究所(Peace and Happiness through Prosperity、繁栄によって平和と幸福を)もその一つです。

松下氏の哲学:人間には物質的、精神的な繁栄の両方が必要である。宗教は、悩み苦しむ者を幸福と安心へと導いてくれる。事業もまた、幸福に必要な物資を提供することで、貢献することができる。このことこそ、企業が最大の目的とすべきである。

パナソニックの使命:「産業人の使命は、水道の水のごとく物資を豊富にかつ廉価に生産提供することである。それによってこの世から貧乏を克服し、人々に幸福をもたらし、楽土を建設することができる」

レガシーとは、自身の生得権をもって成し遂げた集大成です。

ジョン・F・ケネディ氏、ステフ・ウェルトハイマー氏、松下幸之助氏、そしてその他多くの人々は、価値の創造を学び参加する機会を人々に提供することで壮大なレガシーを築きました。人々に機会を提供するというこの目的に向け、多様な手段を用いましたが、いかなる場合においても、他者の性質を楽観的にとらえながら数々の困難や障害に立ち向かいました。これは優雅で壮大なレガシーを築く上で必要条件のようです。

「多くを与えられれば、それだけ求められる」

受け継いだもの、または自身の手による功績を通じて実に「多くが与えられ」、そしてそれ以上にお返しをしてきた人たちの人生を学ぶと、非常に意欲が湧き、信念が強まります。

オースン・スコット・カード氏は、「世界を変えるのは、歴史の書物に名を残したい者に任せればいい。しかし、他人の人生に名を記し、その人たちの心を最も大切な宝物のように思う者には、幸福になることがよく似合う」と記しました。必要なものを認識し、他の人々が成長し、彼らの潜在能力を引き出すチャンスを提供することは、神聖さを帯びた行いです。そのような立場にいることは、神からの賜物でもあります。さらにそれは義務であり、人間が神と交わした契約の一部でもあります。

リーダーシップとレガシー

あるカトリックの教会の外にあった看板に「職業とは、神に仕えるという選ばれし使命のことである」とあり、私はこの力強い真実に心打たれました。受け継いだ資産、チャンス、能力、またこのうちのいくつかを持ち合わせ、経営のトップに立つ者は、家族からの生得権と社会から得る生得権に生じた不平等を是正する上で強い立場にあります。フランスの概念であるノブレス・オブリージュ(Noblesse Oblige)とは、特権を持つ者が、弱い立場にあり機会に恵まれない者に対し責任を負うことです。この概念は、経営者を動かす原動力として実際に活用されるべきです。

男性も女性も価値の創造に携わることで充足感や自信を得て、仕事から帰宅すれば、よりよき夫や妻であり、父親や母親、兄弟姉妹、友人や市民になれるのです。

経営者に与えられる多くのチャンスのうち、この上ない機会とは恐らく、従業員が倫理的、社会的、経済的に成長し、スキル、知識、自信を深めていくという価値に基づく企業文化を築くことができることです。もちろん株主価値は不可欠なものでありますが、個人の能力開発や成長を認識する報酬制度とともに、その能力開発や成長に内在的に重きを置いた文化を築くことによってのみ、長期的に持続していくのだと思います。そうした価値に基づく企業では、熱意のある従業員が価値創造のために長い時間を費やしており、それは同時に、卓越性の追求を通じてあらゆる面で個人の成長を図る実験室のような役割を果たしています。

ジャック・ウェルチ氏はゼネラル・エレクトリック社の2000年の年次報告書で、「大きな困難に立ち向かうことで生まれる自信によって、仕事の面だけでなく、その人の人生そのものが大きく変わっていくのを、私たちは日々目にしています」と述べています。揺らぎない価値あるビジネスは、他のどの組織よりも、地域社会、さらにその企業が所在する国家のために貢献することができます。

レガシーを残す

ヴィクトル・ユゴーは、『レ・ミゼラブル』で「成功とは嫌悪すべきことである。真の価値と誤りやすいその類似は人を惑わす」と記しています。レガシーを構築するとは、成功について一時的に発言することや世間的に肯定することを遥かに凌ぐ行為です。一時的な成功は、生まれもっての機会、つまり「しかるべき時にしかる場所にいた」ということに過ぎず、それに対し、レガシーとは一生をかけて石を一つ一つ積み上げていくように人格を形成することに基づいています。

レガシーとは、次の3つの問いで評価することができます。

  • 子どもの生得権は、親の生得権に加え、さらにそれを上回っているか?
  • 近親者以外にどのように社会に価値をもたらしたか?
  • その人は他社に機会を提供することに積極的だったか?

つまりレガシーとは、「誰かの人生に自分の名前を刻むことがあったか?」という問いへの答えによって評価することができます。相互作用が働くことなくして、他者の人生に自分の名前が記されることはありません。よってスコット・カード氏が述べたように、まっとうなレガシーを突き詰めていくと、最終的に幸福にたどり着くのです。

終わりに、私は非常に楽観的な見方をしていることをお伝えします。ウィリアム・フォークナー氏がノーベル賞受諾演説で述べた次の言葉に共感します。「私は、人間が耐えるだけでなく、勝利すると信じています。人間は不死であります。それは、生物の中で人間だけが尽きることのない声を有しているからではなく、魂、すなわち思いやり、犠牲、そして忍耐を司る精神があるからです」 フォークナー氏の言葉に 「そして、人間は変化することができる」を付け足したいと思います。人間にはレガシーを築く力があります。その人の過去を振り返るよりも、現在そして将来の姿のほうが重要になります。

企業にも同じことが言えます。私は、タワージャズのこの上なき成功に向け尽力し、祈念します。当社の社員はそれぞれのレガシーを創造する中で成長し、人生における成果を積み重ね、また私たちは企業として、当社のレガシーを成長させ、お客様と連携しながら、(a)お客様の業績向上に向け更なる価値を提供し、(b)株主の皆さまに利益を還元し続けていきます。

当社は、すべての人が平和、安全、幸福を共有するという原理の実現に注力し、平等な機会に基づく有給雇用、各社員を信頼し、全員に敬意をもって接する文化、さらに有益な研修、向上心の評価をもって、この原理を実践していきます。私たちは単に「耐える」だけでなく、正しい原則にもとづき、お客様と連携し、勝利し続けていくとの明るい展望を掲げています。今後ともよろしくお願いいたします。

ラッセル・エルワンガー
タワージャズ CEO 
TPSCo会長